SOPEJセミナーのまとめ

日本設備管理学会関西支部連続セミナー

「リスクコミュニケーションの思想と技術」

木下冨雄先生(国際高等研究所フェロー,京都大学名誉教授) 

 

昨日の講演の聴講まとめを若干。講師の木下先生は京大名誉教授で国際高等研究所フェローの社会心理学者。JAXAとの共同研究で,宇宙のガバナンス構築に向けての人文社会科学的探究の必要性を先駆けてアピールされた方。 http://bit.ly/91IOLs 

 

今回の講演はリスクコミュニケーションについて。まず,リスクとは「好ましくない」事象における期待損失。ただし学問分野によって定義に食い違いがある。

 

リスクの語源はラテン語のrisicare(絶壁の間を縫って航行するの意)。つまり避けるべき対象,というより,危険の先にある「好ましいもの」を獲りに行くか行かないかという能動的選択を伴う概念。

 

あらゆる事象や技術にリスクは伴う。ゼロリスクは例外なくあり得ない。リスクはベネフィットとトレードオフ。リスク管理はコストとトレードオフ。また他のリスクともトレードオフ。

 

さて,リスクコミュニケーション(以後リスコミ)とは何か。リスクに関する情報をステークホルダー(利害関係者)に対して可能な限り開示し互いに共考することによって問題解決に導く道筋を探す社会的技術のこと。

 

これは説得的コミュニケーションにおける恐怖アピールとは異なる。ポジティブな側面だけでなくネガティブな側面についての情報も「可能な限り公正に」伝えること。通底にあるのは双方向の信頼感の醸成。

 

例として,原子力関係事業の推進側と反対派のプロパガンダがある。前者は「チェルノブイリのような事故は絶対起こらない」という。後者はベネフィットに触れず恐怖だけを強調し(恐怖アピール),データの都合のいいところだけを抜粋して科学的態度を装う。

 

リスコミの基本原則(抜粋)。1.市民を敵視せず仲間として受容する。2.市民の考えや関心の所在を注意深く見守る。3.情報の速やかな共有。9.嘘は絶対言わない。11.気を持たせる曖昧な回答は避ける。13.議論で勝ちすぎない,負けすぎない。

 

リスコミは「説得のための技術」ではなく「共考のための技術」。説得の成否より双方向の信頼感の成立を追究。結果として問題への多面的認識が高まり説得に成功する。受け手だけでなく送り手にも変化が現れる。

 

リスコミの実践者(リスクコミュニケータ)の養成をNPOでやっているが,背後にある組織の風土が変わらなければ空回りし疲弊する。トップに対する教育の必要性。トップが動けば一夜にして組織は変わる。(特に官僚組織は)

 

(感想)

情報は可能な限り出す,というのは今やコミュニケーションの基本原則だろう。隠しても必ず様々なチャンネルから公になる。先んじて開示した方がリスクが低い時代と言える。

 

一方で,全ての情報を開示すべきかと言えば,そうではない。開示した方がリスクが高まる場合もある(リスク同士のトレードオフ)。組織は権限を持つ専門家 (情報リスクマネージャーとでも言おうか)を置いて,情報の開示内容,開示方法(エビデンスベースの科学的語り口が重要)について速やかに意志決定し行動 することが必要なのだろう。

 

大学も含めてあらゆる公的組織にはこのような取り組みが必要だろう。その場合のリスク概念は「危険」などから「コスト負担」などまでを含む広義に拡大したものになる。広報の専門家養成の必要性が叫ばれるのもこれと同根の要請ではないか。

 

このような取り組みが普遍化することが,ひいては社会全体の風通しの良さ(風通しがよいと感じられる状態)に繋がっていくはずだ。